「離婚を考え始めている。でも、まだ夫には言えない」。そんな時期を過ごしている方は多いと思います。気持ちの整理がついていない、タイミングを見計らっている、あるいはまだ確信が持てない。理由は人それぞれでしょう。
実は、この「まだ言えない」時期にこそ、静かに進めておける準備があります。ここで一つ、はっきりお伝えしておきたいことがあります。これから紹介するのは、自分の状況や権利を「知る」ための準備であって、財産を移したり、持ち出したりすることでは一切ありません。この違いは、とても大切です。誤解のないよう、最初に明確にしておきたいと思います。このシリーズの最終回として、離婚を切り出す前に、正当に、静かに進められる準備を一緒に見ていきましょう。
なぜ「言う前」の準備が大切なのか
離婚の意思を伝えると、相手の態度が大きく変わることがあります。それまで見られた通帳や書類を見せてもらえなくなったり、財産の話し合いに応じてもらえなくなったりする可能性があるのです。専門家の間でも、財産の把握は同居中、つまり夫婦関係が円満なうちから進めておくのが望ましいとされています。
だからこそ、心を決める前の、まだ日常が続いているこの時期にこそ、価値ある準備ができます。慌てて何かを変えるのではなく、今の暮らしの中で、静かに、着実に整えていく。それが、この記事でお伝えしたいことです。焦って行動を起こすと、かえって相手に気づかれ、警戒されてしまうこともあります。あくまで自然体で、いつもの生活の延長線上でできることから始めてください。
静かに進められる「お金の準備」5つ
準備① 家にある通帳・証券・保険証券を確認しておく
まず取り組みやすいのが、すでに家にある書類に目を通すことです。通帳の金融機関名、支店名、おおよその残高。保険証券や証券会社からの取引報告書。こうした書類は、日々の生活の中で自然と目にする機会があるものです。特別な行動を起こすわけではなく、「何がどこにあるか」を、メモに残しておく程度で十分です。これは財産を動かすことでも、隠すことでもありません。あくまで、すでに存在している情報を、自分の頭の中だけでなく、記録として残しておくという行為です。
一点だけ注意してほしいことがあります。まだ相手が開けていない郵便物を、無断で開封することは避けてください。法律上、問題になるおそれがある行為です。あくまで、自分の目に自然と入る範囲の情報を確認する、という姿勢を大切にしてください。
準備② 年金事務所で自分の年金記録を確認する
次に、年金事務所で「ねんきん定期便」の内容を確認したり、「年金分割のための情報通知書」を取り寄せたりすることです。これは、あなた自身の年金記録についての、あなた自身の請求です。相手に知られる心配をする必要はほとんどなく、堂々と行える準備です。自分がどれくらいの年金を見込めるのか、早いうちから把握しておくことは、将来の生活設計の土台になります。
準備③ 毎月の家計を記録し、生活費の実態を把握する
3つめは、日々の家計を記録することです。家計簿アプリやノートを使って、毎月何にどれだけ使っているのかを、実際の数字で把握しておきます。これは離婚を前提にした特別な行動ではなく、多くの家庭で普通に行われている家計管理です。この記録は、もし離婚後の生活を考えることになったとき、リアルな生活費の見通しを立てるための、そのまま使える土台になります。
準備④ キャリアや働き方の選択肢を静かに調べておく
4つめは、仕事に関する情報を、実際に動く前に調べておくことです。ハローワークにどんな求人があるか、シニア向けの支援窓口はどこにあるか、興味のある資格にはどんなものがあるか。これらは、応募したり転職したりする段階ではなく、あくまで情報を集めておく段階です。「もし働くとしたら、どんな選択肢があるだろう」と、心の準備を整えておくだけでも、いざというときの不安はずいぶん軽くなります。
準備⑤ 信頼できる相談先を一つ、決めておく
最後に、いざというときにすぐ頼れる相談先を、あらかじめ一つ決めておくことです。法テラス、女性のための相談窓口、お住まいの自治体の窓口。実際に相談に行くのはまだ先でもかまいません。「困ったときは、ここに連絡すればいい」という場所を知っているだけで、心の支えになります。
これだけは、絶対にやってはいけないこと
ここまで紹介した5つは、すべて「知る」「記録する」「調べる」という、正当で穏やかな準備です。一方で、絶対にやってはいけないことも、はっきりお伝えしておかなければなりません。
それは、夫婦の共有財産を、自分の判断で無断で引き出したり、別の口座に移したり、隠したりすることです。「自分の取り分を先に確保しておきたい」という気持ちから、そうした行動に出たくなる方もいるかもしれません。しかし、これは離婚の話し合いにおいて、あなたに不利に働くリスクがあります。多額の引き出しや、生活に必要のない使い込みは、後の財産分与の場面で問題視され、かえって話し合いをこじらせる原因になりかねません。
もし、相手が財産を隠している、あるいは使い込んでいる様子がある、といった不安がある場合も、自己判断で対抗するのは避けてください。そのようなときの正当な対処法は、弁護士を通じて「保全処分」という法的手続きを取ることです。裁判所に申し立てることで、相手が勝手に財産を処分できないようにする制度が用意されています。不安を感じたら、まず弁護士に相談する。これが、あなた自身を守る、いちばん確実な道です。
静かな準備は、あなたを守る力になります
ここで紹介した5つの準備は、どれも大きな決断や行動を伴うものではありません。すでにある書類に目を通す。自分の年金記録を確認する。家計を記録する。情報を調べる。信頼できる相談先を知っておく。どれも、今日から始められることばかりです。
こうした静かな準備を積み重ねておくことで、実際に離婚を切り出すときには、勢いや不安に流されるのではなく、落ち着いて話し合いに臨むことができます。準備とは、相手を出し抜くためのものではなく、あなた自身が安心して次の一歩を踏み出すための、心の支度なのです。
まとめ シリーズを通してお伝えしたかったこと
このシリーズでは、年金分割、財産分与、退職金、生活費、貯金がない場合の乗り切り方、住まい、後悔しないための確認事項、パート主婦の年金プラン、そして今回の静かな準備と、熟年離婚にまつわるお金のテーマを、一つひとつ見てきました。同じ悩みを抱える読者に向けて、実体験を交えながらお伝えできればという思いで、このシリーズを書き進めてきました。まだ読んでいない記事があれば、シリーズの入り口から、気になるテーマをたどってみてください。
数字は時に厳しく、知らなかったでは済まされない現実もあります。それでも、正しい知識を一つずつ積み重ねていけば、不安は具体的な行動計画に変わっていきます。そして、どのテーマにも共通して言えることがあります。それは、一人ですべてを抱え込む必要はない、ということです。法テラス、年金事務所、市区町村の窓口、弁護士、ファイナンシャルプランナー。頼れる場所は、ちゃんと用意されています。
長年、家庭を支えてこられたあなたには、これからの人生を、自分らしく、安心して生きる権利があります。このシリーズが、その一歩を踏み出すための、確かな地図になれば幸いです。


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