熟年離婚を考えるとき、多くの方が心のどこかで、こんなふうに思っているのではないでしょうか。「離婚しても、夫の年金の半分がもらえるんでしょう? だったら、なんとかやっていけるはず」。この記事は、「【熟年離婚の準備】専業主婦がお金の不安なく自立する3つの手順」で紹介した手順③・年金分割を、さらに詳しく掘り下げる回です。
その気持ち、よくわかります。でも、正直にお伝えしなければなりません。その理解は、残念ながら誤解です。年金分割で受け取れる金額は、多くの方が想像しているよりも、ずっと少ないのが現実なのです。
だからといって、離婚をあきらめる必要はありません。大切なのは、正確な金額を知り、足りない分をどう補うかを、あらかじめ考えておくことです。この記事では、年金分割で実際にいくらもらえるのか、そして老後にお金で困らないために何ができるのかを、具体的な数字とともに見ていきます。厳しい話も出てきますが、目をそらさずに一緒に確認していきましょう。
「夫の年金の半分がもらえる」は誤解です
まず、年金分割という制度の中身を正しくつかんでおきましょう。ここを勘違いしたまま離婚に踏み切ると、あとで「こんなはずじゃなかった」と後悔しかねません。
年金分割で分けられるのは、夫の年金の全額ではありません。分割の対象になるのは、厚生年金の部分だけです。日本の年金は2階建てとよく言われます。1階が国民年金(老齢基礎年金)、2階が会社員や公務員が加入する厚生年金です。このうち、分けられるのは2階の厚生年金だけ。1階の国民年金は分割の対象になりません。
さらに、対象になるのは結婚していた期間に対応する部分だけです。夫が独身時代に納めた分や、離婚後に納める分は含まれません。しかも、正確には「年金額そのもの」を分けるのではなく、年金額を計算するもとになる記録(標準報酬)を分ける仕組みです。
年金分割には、2つの種類があります。一つは「合意分割」。夫婦の話し合い、まとまらなければ裁判所の手続きで割合を決め、上限は2分の1です。もう一つは「3号分割」。専業主婦だった期間について、相手の合意なしに自動的に2分の1を分けられる制度で、2008年4月以降の期間が対象です。長年専業主婦だった方は、この両方を組み合わせて請求するケースが多くなります。
実際、いくら増えるのか
では、いちばん知りたいところ。年金分割で、自分の年金は実際にいくら増えるのでしょうか。
ケース別の目安を知っておく
結論から言うと、増える金額は「婚姻期間の長さ」と「夫の収入の高さ」で大きく変わります。専門家によるいくつかの試算を見ると、おおよその目安が見えてきます。
たとえば、長年専業主婦で夫の収入もそれなりに高かった場合でも、増える年金は月に2万円台にとどまることが多いようです。共働きだった期間が長い夫婦なら月1万円前後、婚姻期間が比較的短いケースでは月数千円という試算もあります。ある金融機関の例では、婚姻30年・夫の厚生年金が月約6万4千円というケースで、合意分割によって妻に移る分は月約3万2千円と計算されています。
「思ったより少ない」と感じた方が多いのではないでしょうか。それが正直な実感だと思います。年金分割は確かに大切な制度ですが、これだけで生活費のすべてをまかなえるものではない。まずはこの現実を、はっきり受け止めておくことが大切です。
まずは「情報通知書」で自分の数字を知る
ケース別の目安はあくまで一般論です。あなたの場合にいくらになるのかは、実際に調べてみないとわかりません。それを教えてくれるのが、年金事務所で取り寄せられる「年金分割のための情報通知書」です。
これは離婚の前でも請求できます。自分がどれだけ受け取れる見込みなのか、早い段階で正確な数字をつかんでおく。その数字こそが、これからの資金計画の出発点になります。漠然とした期待や不安ではなく、確かな数字を土台にする。ここが何より重要です。
年金分割だけでは、生活費は足りません
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。
ある調査によれば、年金分割を受けた人の平均的な年金月額は、およそ8万8千円ほど。一方で、65歳以上の単身無職世帯が1か月に使うお金は、平均でおよそ15万円前後です。単純に差し引きすると、毎月6万円ほど足りない計算になります。
しかも、女性の年金はもともと低い傾向にあります。専業主婦だった期間が長かったり、働いていても給料が男性より低かったりした世代では、自分自身の年金額が少なくなりがちだからです。65歳以上のひとり暮らし女性のうち、およそ4割が相対的な貧困状態にあるという調査結果もあります。厳しい数字ですが、これが現実です。
つまり、年金分割は老後を支える一本の柱ではあっても、それ一本で家を支えることはできない、ということです。「老後破産」という言葉におびえる必要はありません。ただし、この不足額から目をそらしてはいけない。足りないとわかっているなら、埋める方法を考えればいいのです。
不足を埋める4つの現実的な方法
では、毎月の不足をどう埋めていくか。特別な裏技はありません。地道ですが確実な方法を、4つに分けて紹介します。一つだけに頼るのではなく、組み合わせることがコツです。
方法① 支出を見直す
まず取り組みやすいのが、支出の見直しです。収入を増やすより、出ていくお金を減らすほうが、多くの場合すぐに効果が出ます。特に効くのは、毎月固定でかかる費用です。保険料、通信費、使っていないサブスクリプション。こうした固定費は、一度見直せば効果がずっと続きます。食費を切り詰めて我慢するより、固定費にメスを入れるほうが、無理なく長続きします。
方法② 働けるうちは働く
次に、収入の柱を持つことです。離婚後、年金だけに頼るのではなく、働いて収入を得られる期間をできるだけ延ばす。これが老後の安心に直結します。近年はシニア向けの求人も増えていて、週に2〜3日の勤務や、在宅でできる仕事、地域の有償ボランティアなど、無理のない働き方の選択肢が広がっています。収入だけでなく、人とのつながりや張り合いが生まれることも、一人の暮らしには大きな支えになります。
方法③ 年金の繰下げ受給を検討する
年金は、受け取り始める時期を遅らせると、金額が増える仕組みがあります。これを繰下げ受給といいます。1か月遅らせるごとに0.7%ずつ増え、最大で75歳まで遅らせれば84%も増えます。もし離婚後も働いて当面の生活費をまかなえるなら、年金の受け取りを遅らせて、将来もらう額を厚くするという選択も検討できます。ただし、遅らせている間は年金が入ってこないので、その間の生活費のあてがあることが前提です。ご自身の健康状態や貯蓄と相談しながら判断してください。
方法④ NISAで「もう一つの年金」を作る
もう一つの選択肢が、NISAのような制度を使った資産運用です。私自身も、老後に向けてNISAでコツコツ積み立てを続けています。うまく育てれば、年金に上乗せする「もう一つの収入」を作ることも可能です。
ただし、ここは慎重にお伝えしなければなりません。投資は元本保証ではありません。増えることもあれば、減ることもあります。ですから、離婚直後で生活が不安定な時期に、なけなしのお金を投資に回すのは絶対に避けてください。まずは、何かあったときのための生活防衛資金(当面の生活費として、現金で数か月〜1年分)を確保する。運用に回すのは、それでも残る余裕資金だけにする。この順番を守れば、運用はあなたの老後の心強い味方になります。焦らず、余ったお金で、長い時間をかけて。これが鉄則です。
一人で抱えず、専門家に試算してもらう
ここまで読んで、「やることが多くて大変そう」と感じたかもしれません。でも、全部を自分一人で計算する必要はありません。
自分の年金分割額がいくらになるかは、年金事務所で確認できます。そして、年金・就労・支出・運用をどう組み合わせれば老後の家計が回るのか、その全体設計に不安があるなら、ファイナンシャルプランナー(FP)に相談するのが近道です。自分のケースで具体的な数字を試算してもらえば、漠然とした不安が「では、こうしよう」という行動計画に変わっていきます。
まとめ 数字を知れば、老後破産は防げます
年金分割は、熟年離婚後の暮らしを支える大切な制度です。けれども、「夫の年金の半分がもらえる」わけではなく、実際に増えるのは月に数千円から2万円台にとどまることが多い。年金分割を受けても、単身高齢者の生活費には毎月数万円足りないのが現実です。
それでも、悲観する必要はありません。まず情報通知書で自分の正確な数字を知る。そのうえで、支出の見直し、働くこと、繰下げ受給、無理のない運用。この4つを組み合わせれば、不足は着実に埋めていけます。老後破産は、正しく備えれば防げるのです。
大事なのは、幻想でも不安でもなく、事実の数字から出発すること。長年家庭を支えてこられたあなたには、これからを穏やかに生きる力が、ちゃんと備わっています。次回は、年金と並ぶもう一つの大きなお金、財産分与について詳しく見ていきます。


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